お疲れ様です。
いやー、まさかの。
今の仕事を辞めるのを止めるという、自分でもビックリの決断となりました。
気持ちは止める気満々でしたが、2つのきっかけがあって最終的に辞めないことにしました。
辞めることへの迷い
辞めたいと思った最大の理由は、顧客が増え、期待されているにも関わらずマネジャー・経営陣の折りが合わずにチームが出来上がらず、それなのに自分たちは何もせずに現場に対応を丸投げし、挙げ句の果てに状況を知ろうともしない大学サークルにも似たオトモダチ運営に、強烈な気持ち悪さと拒否感を感じたためです。
なんですかね、「責任を取る」という言葉がこんなにも軽いなんて。
これまで出会ってきた経営陣の中で、この会社の経営陣が一番無責任な方たちだなと。
とはいえ、僕自身が契約してきた顧客には何も罪がなく、むしろせっかく期待して契約いただいたのに、満足のいくサービスを届けることができず、申し訳なさしかありませんでした。
果たして本当に辞めてもよいのだろうか、僕が辞めて残ったメンバーたちはなんとかできるのだろうか。
僕はもう少しでこの会社に入って3年が経ちますが、50名以上となった会社で15人目くらいの古株となっているため、知識や経験もそれなりのものになってきています。
去年までに、重要なメンバーが立て続けにいなくなり、チーム全体としても苦境に立たされている今、自分もいなくなって良いのだろうか、でも、先日の記事でも話したように、この会社にはいたくないという強い思いもあり。
よし次にいこっとスパッと決めきれずに、とはいえ辞めると会社には伝えたので、転職活動を始めました。
最終面接で辞めるのを諭される
転職活動は今回も同様、ビズリーチを利用しました。
新しい会社で目を惹くものがなかったので、1年前の転職活動の際に良い感じの印象を抱いたとある広島県の1社に、再度連絡を取ってみました。
昨年、三次面接まで進んだこともあり、書類審査が通ってから最終面接まではトントン拍子で進んで行きました。
なので、「この流れ的に、多分この会社さんで決まるんだろうなあ」と思っていた、のですが。
最終面接で恐らくはその会社の経営陣の方から、
本当にウチの会社に来たいですか?
来たいようには見えないし、そもそも転職したいようにも見えない
と言われてしまいました。
自分がいかに転職したいかを伝えれば伝えるほど、自分自身にも「あれ?」という疑念が生まれ、最終的に、
もっとできることがあったのでは?大変だったのはわかりますが、転職しない方が良いのでは?
と、他にも腹立つ物言いをされて「このヤロウ」と思うことがいくつかあったのですが、キッカケとなる部分を抜き出すとこんな感じです。
何にせよ、やはり転職を切望しているかというと、そうではないというのが他者視点からも分かり、ある種の納得感を得られました。
今、このブログを書いている時にふと、そういえば8年前も同じような形で諭されたなあと。
ちなみに最終面接では落とされず、「本当はここで落とすべきとは思うけど、能力があって気持ちの整理がつけば会社にとっては貴重な人材になると思うから、転職したい、ウチに来たいという意思を整理して、来週にもう1回面接してあげる」と言われました。
『国宝』の万菊さんに辞めるのを諭される(?)
とはいえ、現職に残りたいかと言われると仕事はしんどいし、もう退職すると伝えたし、どうすんねん…と迷いながら、週末から妻と息子は妻実家に戻っていたので、何か映画でも観て気分転換をしようとAmazonプライムビデオを何ヶ月ぶりかに開いたところ『国宝』の視聴が始まっていました。
めちゃ良いと噂には聞いていたので、どんなもんか見てみるかと軽い気持ちで視聴を始めたところ、あっという間に終わっていました。
あなた、歌舞伎が憎くて憎くて仕方ないんでしょう。でもそれでいいの。それでもやるの。それでも舞台に立つのがあたしたち役者なんでしょうよ
by万菊|映画『国宝』
これを聞いた時にですね、ハッとしました。
頭をガツンと殴られたような、大きな衝撃が自分の中に走りまして、「ああ、そういうことか…」と。
つまり自分自身に置き換えるとこうです。
あなた、【JASSO奨学金の制度と奨学金業務】が憎くて憎くて仕方ないんでしょう。でもそれでいいの。それでもやるの。それでも舞台に立つのがあたしたちBPOなんでしょうよ
僕のチームが今取り組んでいる事業は、大学や専門学校の代わりにJASSO奨学金の管理をシステムで行うことです。
ただ、このJASSO奨学金の制度がとにかく複雑でわかりづらく、業務も煩雑で膨大な量となっていて、システムで効率化するのも難儀で、とはいえ【お金】なのでミスが命取りになるという繊細でストレスフルな業務を学校の代わりに担っています。
会社としてはこのBPOチームを上手く組織化できずにここまできて、とはいえ学校としてはこの大変な業務を何とか外出しして楽になりたいという思いもあり、導入数は右肩上がり、とはいえ毎年社内の体制が整わずに営業メンバーで何とか乗り切ってきたのですが、今年は80校近くになった導入数を営業メンバーだけで乗り切ることは到底できず、何ならBPOチームの新しいマネジャーとリーダーが退職と休職という非常事態に陥り、過去最悪の状況となりました。
結果として、顧客の満足を得られない質のBPOとなってしまい、今に至るわけであります。
自分としては、これまで度々このままじゃ春を乗り切れないと警告、改善の声を上げてきましたが何も変わらず、現場で何とかしろという経営陣に対しての怒りと呆れで震えた結果、退職を決めたというのが経緯ですが、この万菊の言葉はこれまでの全てを洗い流すものでした。
自分の業界の根幹を成すものがとにかく憎い、それは学校にとっても、自分たちにとっても苦しめる大きな存在として、恨まずにはいられない、こんなことになって。
でも、それを受け入れる他ない。
受け入れて、それでもやっていく。それしかない。
んだろうなあ…と諦めではないのですが、どちらかというと悟った感覚に近いです。
映画『国宝』は何を語らなかったのか?──空白と終幕を読み解く|ダマテンおじさん
全社員の前で「辞めるのを止める」宣誓
冷静に振り返って
二転三転この春の数ヶ月でしたが、これはこれで良かったのかなと今は思います。
顧客の信頼を回復するのは難しそうですが、とはいえ難易度の高い仕事に挑めると思えば楽しみは多いです。難しい課題ほど、時間はかかりますが過程が楽しいですからね。
それに、多分ですが転職していたら間違いなく年収は下がっていたことでしょう。
課長クラスであればそれなりの額からスタートできたかもしれませんが、自分は係長クラスなのに課長クラスの給与をいただいており、転職先からしたら役職に応じた給与額からスタートさせたい(その方が経費を抑えることができる)と思うと、恐らくは100万ほど下がっていたのでは…。
といった、家計のことも考え始めると、収まるところに収まったのかもしれないなと。
まあ何にせよ、ストックオプションも無くならず良かったです。笑
さて、来月からは営業ではなく、導入後の顧客の実運用を行うBPOチームの一員として再スタートしてまいります。
BPOの立て直しに奔走したいと思います。