お疲れさまです。
そろそろ春の訪れを感じるこの頃。
この春を迎えると、息子が生まれて気づけば2年になります。
長かった、ようで短かった気もするけど、やっぱり長かった。。
最近は、ようやく「諦め」の姿勢が身に付いてきました。
「諦め」というと少しマイナスなイメージなので言い換えるとするならば、「他人に期待しない、今この状況を受け入れる」という姿勢、習慣ですね。
やっぱり少しマイナス。。笑
今日はタイトルにある通り、この姿勢が身に付いてきたことで改めて子育てが充実してきたなあとも感じています。
過去との比較でこの一瞬の価値が分かる
相変わらず、息子とは毎週末、天気に関わらず外に出て徘徊しています。
妻と3人で外出することもあれば、2人で行くこともある。
気づけば約1年間に渡ってこの土日の習慣をキープしてきましたが、時折過去の写真や動画を見返すと、
「ああこの時はまだこれができなかったなあ」
「でも今はこんなこともできるよなあ」
と気付かされます。
つまりは、過去があるから今の変化がよく見えるというわけですな。
過去と比較することで今の変化にも気づけることを思うと、過去の存在も愛おしくなります。
そして過去があるから、息子の今この一瞬の出来事を見る、つまりはその成長を目の当たりにできることが何よりも価値のあることなのだと思います。
未来との比較でこの一瞬の価値が分かる
過去との比較で今この一瞬の価値がわかりますが、逆に未来との比較でもそれは分かります。
先ほどの理論でいくと、過去との比較で今この一瞬の価値、息子の成長している姿が何にも変え難いものになっていますが、逆に言えば、それは例えば”明日、明後日における”この一瞬が来た時も、”今”この一瞬と比較することで価値を感じられると思うと、明日以降の比較対象となる”今”この一瞬があることは、未来においての道標というか、比較ポイントとして重要なタイミングなのだろうなと思わされます。
過去と同じように、未来を意識することで、今この一瞬の価値はやはり無限大と言えますな。
今この瞬間に集中し続ける限り、子育ての充実が途切れることはない
まあ結論は簡単なもので、というか繰り返しになりますが、過去とそして未来にとっての今この一瞬はやはり途轍もない価値があります。
そしてそのことを知り、今この瞬間に集中して息子と相対し続けることが、子育てにおける充実感をもたらし続けてくれることなのかもしれません。
そういうことを感じられるのも、息子との時間をとり続けているからなのかもしれませんが。
何にせよ、今年も良い春を迎えることができそうです。
孔子曰く、
人間には2つの人生がある。
そもそも1つしかない事に気づいた時、2つ目が始まる。
そうなので、一度きりの息子を育てること、そしてこの人生そのものを味わい尽くそうと思います。