突然ですが、みなさん室伏広治さんを知っていますか?
現役時代は日本最高のハンマー投げの選手としてオリンピックや世界陸上で活躍し、引退後は研究者として日本スポーツの更なる発展に貢献されている方ですね。
そんな室伏さんが現役時代の試行錯誤を言語化し、アスリートとして、あるいは成果を出そうと奮闘する一人の人間として身につけるべき姿勢や、持つべき手法、考え方を示してくれているのが、このゾーンの入り方 (集英社新書)という本です。
今回の記事では、本の中から印象に残った箇所を、僕のコーチ経験を交えながら解説していきたいと思います。
目標は目的までの途中地点
室伏さんは現役時代から、最短距離で結果を出すことにこだわってきました。
日本のスポーツ業界は、残念なことに精神論に頼る指導がまだまだはびこっている現実があります。室伏さんも学生時代に、そのような指導を受けた経験があるそうです。
とはいえ同じハンマー投げの種目で、自身が活躍する数十年前にアジアの第一線で活躍していた室伏さんの父が、家で室伏さんに合理的な練習法を授けていたようです。
「何の為にその練習をするのか?」
これを常に考えて、練習メニューを組む選手や指導者はそれほどいないのではないでしょうか。
選手が成長し、より良い結果を出す上では合理的な練習が欠かせません。
特にスポーツというものはその特性上、年齢を重ねれば重ねるほど肉体的な衰えにより、結果を出しにくくなりますよね。年齢を重ねても結果を残したければ、短い時間でも質の高い練習が必要になります。
また、肉体的コンディションが最も優れた若い時期に、合理的な練習ができていると更に良いのですが、それを教えてもらえる場が少ないのは指導者が質を高めようとする工夫がないという現実があります。
「何の為にその練習をするのか?」という問いへの答えは、結果の目標が無ければ見つかりません。
例えば、
- 週末の試合に勝ちたい
- ライバルからポジションを奪いたい
などなど、これらはスポーツ人生の長い道のりの途中地点になります。これは目的ではなく結果であり、目的と目標を混同してはいけません。
では、目的とは何かと言うと、この本で室伏さんはロンドン五輪での一つの例を挙げています。
- 目的:被災地の子どもたちに勇気を与えるために、
- 目標:金メダルを取る
目標は目的を達成するための手段で、目的というのは目標を達成しても続くものなんです。
実はこのブログでも過去の記事で、
羽生選手と平野選手がなぜ、大きな大会で圧倒的な成果を残すことができるのかについて、目的意識の高さから考察しました。
このように、目的を自分の中ではなく、他に置くことによって、自分だけではなく周りの人からもプラスのパワーを分けてもらうことができます。
そしてそのパワーを持って、質の高い練習に高い集中力を持って取り組むことで、大きな成果を成し遂げる可能性がグンと上がってきます。
僕自身、やはりプレイヤーの時はそのような目的を高く持ったことがありませんでした。
もちろん目的を高く持てば良いよいうものではありませんが、
- 何(誰)の為に自分はこのスポーツ(仕事)をするのか?
- そのために何をすべきか?
これを問い続け、日々自分と練習と向き合い続けることが大事なのでしょう。
何を言うかよりも、何を言わないか
室伏さんの父は、室伏さんが選手となる前に日本のハンマー投げ種目の第一線で活躍していました。
そんな父は選手を引退後、中京大学で室伏さんと師弟関係となります。
そんな時、室伏さんは父からのアドバイスを聞かない時期があったそうで、当たり前のようにスランプに落ちたそうです。
その時に、「父の話を聞かねば」と変われたことで、また調子が戻って更に成長することができたそうですが、その時に
- 失敗して初めて気づくこともある
- 人の話を聞かない選手は成長しない
といったことに気づくことができたと述べています。
多くの人にとって耳の痛いことでしょうし、僕自身もコーチ時代、自分の練習メニューが悪いのに、一向に監督コーチ陣の改善案を聞かずに、ずーっと悶々とした時期があります。
僕もその途中でようやく自分は間違っていたんだと、
この時の、第二コーチのトレーニング修正力を目の前で見て、ようやく受け入れることができたのです。
こういった頭をぶっ叩かれるような経験も必要でしょうが、大事なことはそこで自分の非を改めて行いを自分で正すことです。
過ちて改めざる是を過ちという
by 孔子
と、昔の知識人もおっしゃっています。
選手だけに限らず、指導者も選手たちの声を聞いて改善ができなければ、コーチングの技術も伸びることはありません。
そのためにも、選手と指導者間のコミュニケーションはとても重要なのです。
室伏さんは父とも他の選手と同じようにコミュニケーションを取り、室伏さんの父も他の選手と同じフラットな目で見ていたようです。
そしてその指導で最も良かったことが、敢えて何も言わない時があったことだそうです。
室伏さんの父がおっしゃっていたそうですが、
指導者は何を言うかよりも、何を言わないかの方が大事
という考えの元で、選手たち自身に考えさせる隙間を常に用意していたそうです。その隙まで試行錯誤して、上手くいかなければ指導者の指導を仰ぎ、そしてまたヒントを持って自分でチャレンジしてみる。
選手にこのサイクルを生み出せる指導者は、選手をどこまでも遠くまで放すことができるようです。
これは僕自身も、監督から自分の受け持つカテゴリーの指導を放任されていたこともあり、その大事さを認識していて、今の教育の仕事でも最後は「生徒自身に」勉強するかどうかを決めさせていました。
結局、こうすることが選手自身の納得感を生み、結果としてモチベーションも高めるんですよね。
自然体が一番
ここぞという勝負の時に、結果を出せる選手とそうでない選手の違いは、どんな時も自然体でいれるかどうかだと室伏選手は述べています。
勝負は常に自分の望む環境であるとは限らないため、どんな環境にも対応できるように、練習から色々な場面を想定して行う必要があります。
仕事もそうで、色々な実験を繰り返して初めて、そのサービスが本当に価値あるかどうかが分かるのです。
1回しか試していないものを、良いか悪いかなど判断できません。
ある意味転職もそうで、1社しか経験していない人間が本当に優れているかどうかは分からないのです。どこに行っても適応して、一定以上の成果を残せるサラリーマンがホンモノなのです。
とはいえ、僕みたいに職をコロコロ変えるのも考えようですけどね。(笑)
色々な経験を通して、人は自分自身の集中する術を学びます。
その中でも特におすすめされているのが呼吸に集中すること、つまりマインドフルネスや瞑想、座禅と言い換えることができるものですね。
室伏さんはアテネ五輪の時、観客の声がうるさくて上手く集中できなかった時、地面に仰向けになって星空を見上げたそうです。星を見ていると気づくと観客の声が聞こえなくなっていて、自分の心が整っていったそうです。
その結果、この投擲が成功して金メダルを獲得したわけですが、やはり自然体になることで神経も集中し、本来の力が発揮できるようです。
個々それぞれでゾーンに入るための方法は違いますが、自然体というのは一つのキーワードでしょう。
まとめ:選手も指導者も、日々自分自身と向き合うべし
このブログで僕も自らのコーチングを反省してきたように、選手も指導者も常に今日の自分のプレーは、コーチングはどうだったかを反省しなければなりません。
そしてその反省は主観的な目線に陥らないよう、客観的なものでなければならないのですが、室伏さんはその客観性を保つためのエピソードとして、室伏さんの父が彼がハンマー投げを始めてから引退の日まで、1日も欠かさずビデオを撮り続けてくれた話を引き合いに出していました。
自分では上手く身体を動かすことができていると思っていても、実際にビデオ撮影による客観的な事実を確認すると、必ずしもそうではないことがあります。
僕も現役時代、高校3年生の時にチームで試合のビデオ撮影が始まりました。
中学生までは父が写真を撮ってくれていたのですが、自分のプレーする姿を見るのは高校最後の大会が初めてでした。その大会のビデオを見た時に、僕は衝撃を受けたのを今でも覚えています。
というのも、それまで僕は監督からいつも
「お前のプレーする姿にはやる気を一切感じられない」
と言われて、高校時代は何度もベンチに飛ばされ、時にはベンチ外にまで追いやられることがありました。
そう言われても、当時の僕は自分の中では真面目に取り組んでいて、練習でのゲーム形式は誰よりもゴールを決めていましたし、自分の能力にも自信を持っていました。
しかし、その大会の自分のプレーする姿を初めて客観的に見て、ようやく監督の言葉の意味が理解できました。
僕は試合においてとにかく歩くばかりで、ボールが来る時以外はほとんど何もせずにお散歩していたのです。
その大会の試合を見ている僕自身も、
「お前そこはプレッシャーに行けよ!」
と思う場面でも、容赦なくチンタラ歩いていて、こんな酷い態度でプレーをしていたのかと衝撃を受けたのと同時に、「もっと早くこの姿に気づいていれば」という後悔も出ました。
その事もあって3年生の追い出し会では、後輩たちにビデオを撮って自分のプレーを確認することの重要性を伝えるという、なんとも滑稽なことをするハメになりましたが…。(苦笑)
何が言いたいのかというと、自分では自分の中身しか見えないのです。外面やプレーする姿というのは、ビデオなどの客観的なものに頼らねばならないのです。
そしてそれを確認して、また自分を伸ばすために自分の中へと戻り向き合うのです。
そうすることでしか、僕たちは成長することができないのです。
だから、いつだって自分と向き合い、客観的な視点で自分を確認し、そしてまた自分に戻る作業の繰り返しが必要なのです。
この本では、指導者として、そして1人の選手として大事な姿勢や考え方が盛り込まれています。
上手くなりたい、もっと選手を上手く成長させたいと望む人は、ぜひ手に取るべき1冊ではないかと思います。
成長したい、全ての人に届いて欲しい!