最近は不況のせいなのか、世の中が物騒ですね。
ジョーカーに憧れた無敵の人たちが増えたり、親ガチャといういやな言葉が出回ったり。
そんなリアル(フィクションだけど)ジョーカーを目指すくらいなら、僕としてはこっちのジョーカーを目指して欲しいと思ってしまいます。
【放課後のジョーカー】「自らの中二病体験をカミングアウトするスレ」
人をハッピーに、そして大いに笑わせるなんて最高のピエロ行為じゃないですか。
自分の鬱蒼とした気持ちを、赤の他人にぶつけるのはイカン。
最近というわけではありませんが、サッカーにおいても観客による試合妨害行為が散見されます。
つい最近では、酒井宏樹選手のお友達(元チームメイト)が試合中にファンから投げつけられたペットボトルがクリーンヒットし、試合開始数分で中止になるという事態が発生しました。
「極めて暴力的だ」リヨン対マルセイユが開始5分で中止に。MFパイエにファンの投げたペットボトルが直撃
ワタシもプレーだけでなく観戦好きの身として、そして世間は許してはくれやせんよ。
というわけで今回の記事では、選手に迷惑をかけるファンの行為について、あれやこれやと考えながらファンのあり方について僕なりの見解を述べていこうと思います。
スポーツ観戦好きの方には共感できる部分もあるかと思いますので、ぜひ一緒に考えてみましょう。
選手はクラブの商品だ
先ほど挙げたニュースで暴力の矛先となった選手とは、サッカークラブにとってどういう存在なのでしょうか?
サッカークラブは、クラブという組織が存在するだけでなく、様々な職員がその組織の中で働くことで成り立っています。
例えば、
- 経営戦略部でクラブの将来を考える人
- 営業部でクラブのスポンサーを探す人
- 経理部でクラブのお金のやり繰りを管理する人
などなど、すべてを挙げるとキリがありませんね。
この人たちは基本的には正社員か契約社員として、クラブの存続ために働いていますよね。
そんな中、選手たちはこういったクラブを支える職員たちとは少し立場が異なります。
選手たちは、クラブを支える人たちによってサポーターの前に出されるクラブの商品なのです。
わかりやすい例えとして、みんな大好きゲームメイカーの任天堂さんで考えてみましょう。
任天堂の社員さんは、ゲームソフトを作ったり、そのゲームの販促を行ったりしますが、社員がゲームソフトそのものではありませんよね。
クラブを支える職員も、この任天堂の社員さんと同じになります。
そして、任天堂のゲームにあたるのが、クラブの選手たちになります。
- クラブを支える職員=任天堂の社員さん
- クラブの選手=任天堂のゲームソフト
こう考えると、クラブの選手たちはクラブの看板を背負い、クラブをより魅力的にする存在なんですね。
ファンはクラブが提供するサービスの消費者である
選手たちがクラブの商品であるという見方をするなら、商品には必ず購買者がいるはずです。
先ほどの任天堂の例で考えると、ゲームソフトを買う人たちですね。
その購買者こそが、選手たちが所属するクラブを愛するファンになります。
別の言い方をすると、選手たちが繰り広げるゲーム(試合)を観戦する(消費する)人たちです。
つまり、サッカークラブを成り立たせているのは、
- クラブの存続を支える職員(作り手)
- クラブの魅力を高める選手(商品)
- クラブのサービスを楽しむファン(消費者)
という3つの人たちによって成り立っているんですね。
感情移入しちゃうよね、ファンだもの
ファンは選手やクラブを楽しむ消費者だと考えると、選手に対してアレコレ口を出してしまうのも納得はできますよね。
任天堂の例のように、買ったゲームに対しても
- 面白かった
- 前回よりもストーリーの質が落ちている
- 映像がキレイになった
- もう少しキャラを増やしてほしかった
などなど、様々な感想が消費者から出てきます。
それはサッカーも同じで、試合を見て
- 良い試合だった
- 前節よりもチームの動きが悪い
- 見やすかった
- もう少し積極的な選手交代をしてほしかった
などと言った感想が出ることでしょう。言い換えですね。
やはりそのサービスを購入するということは、それに対してお金を払っているからこそ思い入れが強くなるものです。
感情移入してしまうのがファンの定めでありますが、だからといって選手を傷つけていいかというと、それはまた別の話です。
ゲームソフトのように、なかなかクリアできずにイライラして壁にソフトを投げつけて壊してもそれは自由です。
というのも、ゲームの場合はソフトを購入した時点で、そのソフトの所有者は購入した人だけのものになるから、壊してもそれは購入者の自由になります。
ですがここが大きな違いで、クラブにとっての選手たちを見たくてファンは試合を観に行っても(サービスを購入しても)、選手たちを自分(観戦券の購入者)の好きなようにはできないんですね。
というのも、その選手たちを見るために同時にたくさんの人がその鑑賞券を購入しているので、クラブの試合(サービス)を観戦者(購入者)全員でシェアしている状態なのです。
つまり、ファン全員でクラブの選手をシェアしているということです。
そのため、ファンの誰か一人が好きなように選手を傷つけることは、みんなでシェアしているものを勝手に壊すことに相当し、絶対にしてはならない行為なんですね。
冒頭に挙げた選手にペットボトルを投げつけてけがをさせた行為というのは、この一人のファンが絶対に行ってはならないことをしたわけなんです。
ファンに求められる倫理観とは
過激な迷惑行為を繰り返す人たちに共通している点は、自らの言動を第三者目線で俯瞰することができないことが問題なのです。
自分の感情だけで動いてしまうことで今回のような悲劇が起きたように、たった一人の冷静さを失った行為がファン全体に不利益を被ってしまうのです。
そしてひいては、ファンだけでなくけがした選手はもちろん、試合を続行できなくなったクラブにも迷惑を掛けました。
私たちファンに求められる倫理観は、言論の自由は認められつつも、選手たちへの物理的な批判(攻撃)は絶対にしないことでしょう。
まあ普段の生活でも人に暴力を振らないなんて当たり前ですけど、それができない人がいるからこのような悲劇を生んだのですね。
こんなことになるくらいなら
- 物を投げつけて選手を傷つけないように、手荷物持ち込み入場の一切の禁止
- コートに入って選手を傷つけないように、絶対に登れないフェンスの設置
などの制限が設けられてしまうことでしょう。
そうなると、これまで楽しく飲み物を飲みながら観戦したり、視界がよりクリアで臨場感を感じたりといった楽しみがなくなってしまいます。
こうならないためにも、たった一つの倫理観をファン全員が守る必要があるのではないでしょうか
自分の言動を俯瞰するために必要なことは、熱くなり過ぎない適度なクールさになります。
試合で熱くなるのも良いですが、ほどほどに、が大切ですね。