【マンガ・バガボンド】死への姿勢と生きた価値を自分に問う名言まとめ

昨日の夜はスイッチが入ってしまい、ページの下部にタグ一覧を設置したり、過去の記事の再編集作業をしたりしてしまい、気づけば1時に。

案の定、本日は朝から寝坊です。

楽しいので仕方ありません。

こういう日もあっていいでしょう。昼前までに起きれば仕事に遅刻することはありませんからね。

『バガボンド』16巻の名言

だって剣を手にしてしまったら… 弱けりゃ死ぬんだ…


小次郎を剣士としては育てないと口では言いつつも、小次郎の手合わせに付き合う鐘巻先生。

これまで幾多の死線を潜り抜けてきたからこそ、剣士たるゆえの苦しみであったり、恐怖であったりを熟知しています。

そしてそれらを、小次郎には絶対に経験してほしくないと思い続けています。

スポーツや勉強といった勝負の世界に足を踏み入れると、必ず評価されることになります。

誰より上手いだとか、誰よりも高い点数を取っただとか、様々です。

仕事においても同じで、どこと契約できたとか、いくらの売り上げを記録したとかですかね。

優劣をつけられることは嫌ですよね。僕自身もそういったものから逃げていた時期がありました。

一歩部屋から外に出ると、弱けりゃ喰われる世界が広がっています。

ただ最近思うのは、そこで一歩踏み出せるかどうかが大事なのかなと思います。

優劣の評価は他人に任せておけばよく、自分は自分のことに集中していれば気にはなりません。

小次郎たちは弱ければすなわちそれ死を意味する環境に身を置いているため、悠長なことを言っていられませんが、僕たちは有難いことに死がすぐ隣にいない世界に生きています。

親は子どもを見える範囲内に置いておきたいと思いがちですが、そこから出ようとする子どもを縛り続けることはしてはなりません。

自分で外に出て弱さを知り、たまには戻ってきてもいいけど、また体力を回復させたら外に出て戦う。

日々はその繰り返しなんですね。

地の力に気づかず 己の腕に力を込めるほどに…理は離れゆく


バガボンドではお馴染みの、「天と地はひとつ」と同義の言葉です。

鐘巻先生が、剣術教室の生徒たちに指導している際の言葉です。

バガボンドの名言を書いていると聞きなれている言葉ではありますが、どうしてもついつい忘れてしまうんですね。

例えば仕事においても、自分の考えこそが正しいと思ってそれを推し進めることは、他のメンバーとの調和を欠くことになります。

すべての仕事は一人で成り立っているのではなく、常にチームのメンバーであったり、あるいは取引相手との関係の上で成り立っています。

それを忘れてしまうと、成果を出すことからは遠ざかってしまいますね。

仕事の本質はどこなのか?自分の考えを押し通せば成果は出るものなのか?

常に考え続けて生きたいですね。

虎は虎として生き 虎として死ねばいい


鐘巻先生の一番弟子である一刀斎が小次郎を見て、鐘巻先生に伝えた言葉です。

先ほどの「弱けりゃ死ぬんだ」という言葉に対する、答えのようなものですかね。

残酷な言い方をするとですね、弱くて死んだのであればそれまでだったということなんでしょう。

強くなりたいだとか、上手くなりたいだとか、ビッグになりたいといった内なる虎を抱えて生きる者たちを、檻に閉じ込めようとしてはならないんですね。

まあそういった野心を持った人たちは、檻に閉じ込めていても結局は自分でぶち壊して外に出ますし、出なかったのであればそれほどの野心ではなかったということになります。

ですが、他人がその足を引っ張ってはいけないのです。

僕も、今はまだ虎として生きたいと思っています。

自分には何ができるのかを、まだまだ追及していきたいですからね。

『バガボンド』17巻の名言

恐怖に鈍い者は真っ先に死ぬ


初めて真剣で切り合う小次郎が相手に対して同情を見せた際に、一刀斎が小次郎の足を切りつけた後にかけた言葉です。

初めて人を切った小次郎は、最後のトドメを刺しませんでした。

もちろんトドメを刺すことが必ずしも正しいとは限りませんが、殺し合いの場であれば、少しでも自分の命を脅かす存在は消さなければなりません。

勝負というものは、いかにリスクを減らすかが肝です。

もちろん大胆に出ていくことも必要ですが、そればかりだと体力を急激に消費することになりますからね。

例えばビジネスにおいても、「この商談は余裕っしょ」と調子に乗っていると足元をすくわれるかもしれません。

そうではなく、直前までリスク管理を続け、臨機応変に対応できるプランを練っておくなどすることで、最善の結果に繋げることができるのです。

準備の裏に隠れている感情は、慎重さや不安、恐怖といったものなのでしょう。

つまりは、成果を上げる者たちは不安や恐怖と常に向き合っていると言い換えることもできますね。

みなさんは常に不安や恐怖と対峙することができていますか?

小次郎わしは…剣に生きた価値はあった お前という剣士を遺しただけで…


小次郎が鐘巻先生の元を離れ、一刀斎に付いていくことを決意して旅立っていきました。

鐘巻先生には悶々とする思いがあり、というのも「弱けりゃ死ぬんだ」と言っていたように、小次郎には普通に生きて欲しかったのです。

とはいえ、小次郎が対峙した相手たちから「素晴らしい剣士だった」という評価を受け、モヤモヤがすべて吹っ切れたんですね。

これまでは完全に自信を喪失して暮らしていた鐘巻先生の中に、最後の炎が宿った言葉です。

自分で自分を認めることを常にできる人はおらず、やっぱりどこかで他人の評価との答え合わせを僕たちは望んでいます。

他人の評価ばかりを気にしていると疲れますが、時には他者からの正しいフィードバックをもらわなければ、自分のしていることが社会と大きくズレてしまうこともあります。

先ほどの言葉にあるように、自分の腕ばかりを振ることにとらわれるのではなく、時には地の力を利用するといったように、バランスが必要なのでしょう。

自分が育てた人やモノが、他者から感謝されるなんて最高じゃないですか。

それだけでも確かに、「僕は生きた価値があった!」と言えそうですね。

不安や恐怖と向き合おう


不安や恐怖を感じた時こそ、成長できるチャンスと言えるかもしれません。

なぜなら、成果を出す人たちはその不安や恐怖を少しでも減らすために、日々考え行動しているわけですもんね。

もちろん、自分の目標や目指すべきゴールがあって、その途中にある不安や恐怖ですよ!

僕は不安や恐怖を感じた時に、時には逃げることも必要だけど、向き合おうとしているか?

バガボンドという漫画は、自分自身と向き合うヒントとなる言葉をその中にいくつも散りばめています。

ぜひ、手に取って読んでみて欲しいと思います。